シリーズ「萩のまちと文学」第12回目は下関市出身の小説家 赤江瀑を
とりあげます。
赤江瀑、本名長谷川敬(たかし)は、高校時代から映画監督溝口健二に傾
倒し、日本大学芸術学部演劇科に入学しますが、中退。その後ラジオドラ
マの脚本が入選し、テレビやラジオのドラマ制作に携わりました。
1970年『ニジンスキーの手』で小説現代新人賞を受賞し、作家デビュ
ー。以後その幻想的で妖艶な作品世界は、一部で熱狂的な人気を博しま
す。
「人口五万ばかりの城下町萩は、つい四、五年ばかり前までは、武家屋敷
の名残の土塀や 石垣が夏橙の林のあわいに見えかくれして、昼日中で
も無人の路地や町筋がいたるところにあり、森閑とした情趣のたえない
町であった。(中略)海と維新と夏橙と、そして陶芸の町なのである。」
『鬼恋童』(昭和51年2月出版)
これは萩を舞台に、萩焼を題材にしたミステリー小説『鬼恋童』の一説で
す。幻の古萩「白虎」をめぐる奇妙な伝説と惨劇を描いた作品ですが、
小説の中には笠山や中津江など耳慣れた地名が登場し、自然な方言が物語
のリアルさを演出しています。
赤江瀑の父親は萩出身で、赤江自身も法事などの家の用事でたびたび萩を
訪れているようです。
「私の父がこの小さな城下町の出の人間で、親戚もあちこちにあり、私に
は子供の時分から馴じみ深い町であった。」
エッセイ集『オルフェの水鏡』より「萩無残」
エッセイの中で赤江は、観光地として賑わう当時の萩を「すっかり落ち着
かない町となってしまった」と述べています。ほかの作家の旅エッセイで
描かれる萩とは一味違う、また小説などで見せる優美で妖しい雰囲気漂う
赤江の作風とも違う辛口の文体に、幼い頃から慣れ親しんだ町の変化を
悲しむ率直な気持ちが表れているように思えます。赤江は萩で食べること
を楽しみにしているいとこ煮や、おすすめの土産物としてごぼう巻と松風
を紹介し、こう締めくくっています。
「しかしまあ、とはいうものの萩は、やはり、どのように眼をつぶってみ
たところで、維新の傑出した人材のたましい飛翔する響音に、静かな耳
傾けるべき町ではある。」
【参考図書】
『鬼恋童』赤江瀑/著 講談社 ※当館所蔵あり 館内閲覧
『オルフェの水鏡』赤江瀑/著 文芸春秋 ※当館所蔵あり
『作家たちの文章で綴る 萩のまち文学散歩』萩図書館「文学散歩」政策委員会/編 ※当館所蔵あり カウンターにて発売中