2022年4月16日土曜日

萩のまちと文学⑧ 兼常清佐

萩図書館のお隣、「萩・明倫学舎」で昨年から、誰でも自由に弾ける“ストリートピアノ”が設置されているのをご存知ですか?

NPO会員の方が寄贈され、来場者から大人気だそうです🎹

歴史ある建物でのピアノ演奏、素敵ですよね。


シリーズ「萩のまちと文学」第8回目は、ピアノをこよなく愛した孤高の音楽学者・兼常 清佐(かねつね きよすけ)をご紹介します。


明治18年、萩市土原に生まれた兼常は、明倫小学校、旧制萩中学校を経て、旧制山口高校、京都帝大哲学科、同大学院に進みます。その後ピアノを学びながらドイツに留学し、作曲と音響心理学を研究しました。文学評論家でもあり、著書に石川啄木や与謝野晶子の評伝があります。


萩で学生生活を過ごす頃には、県下初の図書館である「阿武郡立萩図書館」(萩図書館の前身)が設立され、兼常も足しげく通って勉学に励んだと記録に残っています。

生誕130年にあたる2015年には、萩図書館で記念行事「萩の生んだ音楽界の奇才 兼常清佐」展が開催されるなど、当館ともゆかりの深い人物です。

2015年の特別展の様子。直筆原稿など貴重な資料です。

谷崎潤一郎や宇野浩二、大杉栄に竹久夢二など、名だたる天才たちが住んだ高等下宿「菊富士ホテル」に兼常も3年間滞在しており、そこでの奇人ぶりは有名だったようです。瀬戸内寂聴は兼常の逸話を、小説『鬼の栖(すみか)』で、女主人の聞き書きとしてこう記しています。


変り者という点では音楽評論家で文学博士の兼常清佐さんですね。部屋には音のしないオルガンを置いていましてね、それで終始何かひいているんです。万年床をしきっぱなしで、中将湯が常備薬なんです。五日に一度女が来ていましたよ。(中略)まだ頭角はかくしたまま、蜂の巣のような各々の部屋の中で、自分の中に住む鬼を秘かに養い続けている。…」



研究のかたわら作曲家としても活躍し、昭和9年には当時の「萩市歌」を作曲しています。

失われゆく全国各地の民謡の収集や、ピアノの構造研究でもその名を馳せ、中でも昭和10年に発表した論文「音楽界の迷信」が「ピアニスト無用論」として反響を呼び、大きな物議を醸しました。

文学、哲学、歴史、数学や物理学まで、幅広い見識をもつ兼常の先進的な考えやシニカルな発言は、当時の文学界・音楽界にはなかなか正当に受け入れられず、後世になってようやく高く評価されたという苦労人でもあります。


調べれば調べるほど「奇人エピソード」が出てくる兼常の著書や関連図書も、当館で数多く所蔵しています。ぜひその目でお確かめください。

春の行楽シーズンは、萩が育んだ奇才・兼常に思いを馳せながら、音楽に触れてみるのも良いかもしれませんね。



【主な著作】

『日本の言葉と唄の構造』『音楽概論』『日本の音楽』など

※当館所蔵あり


【参考図書】

『音楽格闘家 兼常清佐の生涯』

  蒲生美津子/著 大空社 ※当館所蔵あり


『兼常清佐 萩が生んだ音楽界の奇才(萩ものがたりVol.48)』

  三好健二/著 一般社団法人萩ものがたり/発行 ※当館所蔵あり


『やまぐちの文学者たち 追補版』

  やまぐち文学回廊構想推進協議会/発行・編集 ※当館所蔵あり


『作家たちの文章で綴る 萩のまち文学散歩』

  萩図書館「文学散歩」制作委員会/編 

萩まちじゅう博物館出版委員会/発行 ※当館所蔵あり カウンターにて販売中